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先生は環境の一部

教育とデザイン

先生は環境の一部

先生は環境の一部

 

学ぶきっかけになった筆記体

教室の子どもたちに、自分の名前スタンプを作ってみない?と提案してみた。案の定「やりたい!やりたい!しかも筆記体で書いてみたい!」という反応で、私はワクワクした。ワクワクの理由はわかっている。もう学校では教えることが必須ではない筆記体に子ども達が惹かれたからだ。筆記体は見た目に美しい(子どもにはかっこいい)、筆記体が書けると友達から興味関心を持たれ、憧れの目線を感じる。また、特に小さい子に好まれる理由として、手の育ちという観点から直線を書くより斜めにぐるぐると書くほうが描きやすいことも挙げられる。要するに教育の面からも筆記体には意味があって必要だということを子ども達の欲求を通して確認できるのだ。

繰り返された字

 

さて、話が決まれば、さっそく自分の名前をひたすら筆記体で練習することから始める。私がお手本をそれぞれの目の前で書いて見せた。それを元に鉛筆でなぞったり、見よう見まねでもくもくと練習する。ここで、子どもの気づきが出てくる。筆記体って形が難しい、うまくかけない、書き方がわからない、自分の書いた字は下手だなど、子どもが自らなんらかの違和感を発見するのだ。そんな困った時が私の出番となる。そこでモンテッソーリメソッドの教具から、筆記体の砂文字板や、筆記体の組み合わせるアルファベットを使ってみたらどうかと提案した。

砂文字板をなぞる
組み合わせるアルファベット

砂文字を指でなぞり始めた子は、書き順を教えてと聞いてくる。アルファベットを並べ始めた子は、どうやって書くの?綴りはあってる?と聞いてくる。それぞれやっている事は違うが、自分の名前を筆記体で美しく描くという目標がはっきりしている。この日、子ども達はスタンプ製作という最終目標に向かって集中しながら繰り返し練習し、困っては試行錯誤を続け、工夫して清書まで完成させ、達成感を持って帰った。実際、私の出番は少なかったが、おかげで子ども自身が自分を伸ばす力を発揮しているところを観察し、あれこれ出しゃばらずに済んだ日でもあった。
見学しているお母さんには単に遊んでいるように見えて、英語の学習にはなっていないのではないか?と思う方もいたかもしれない。しかし、私にはそうは見えない。彼らは短時間でしっかりと取り組み、探求し困難な道を進んだのだ。まさに自ら学習する力を引き出したのだ。私の英語学習クラスでは、英語の知識だけでは得られない試行錯誤ができる力を持てる子どもを増やしていきたいと思っている。

教室での子どもたち

お互い学び合っている

子どもに英語を教えている過程でいつも感じていることがある。子ども達は成長の過程や速度、興味の中心がそれぞれ違う。みんないっしょではないということだ。そんな子ども達を教師が決められたカリキュラムにしたがって一斉に授業を行うという一方向の教育法に、いつしか疑問を持つようになった。本来、学びとは楽しいのだ。その楽しみから子ども達を遠ざけているのではないだろうか。そういった想いから英語教育でも、それぞれの発達や理解度、興味による学びの個別化を行い、子どもたちがお互いに学び合いができる環境づくり(学びの協同化)、学びのプロジェクト化をより意識するようになった。

私の小さな教室は、必然的に縦割りのクラスとなる。上級生や理解の早い子が小さい子をサポートしてくれる環境になり、子どもたちは見事に意識せず協同化を実践している。さらに、「子どもが自ら発見できる援助」を意識することはとても大切で、教師はそのための環境を整え、その環境の一部として必要な時にサポートをしたりコーディネートする役目でありたい。

先生がでしゃばらない。なぜなら、学びの主体は子どもにあるから。といいつつ、実践するのは結構難しい。だって私も子どもから学んでいるのだから・・まだまだ道のりは遠い。

 

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