あとがき

二者択一ではない、理想の暮らし

この十五篇の小説集は、2012年の秋、上毛町という福岡最東端の町で出会い、集った人々が作成したものです。『こうげのあしあと』という名前は、私たちが上毛町にいる間、連絡掲示板として活用していたFacebookのグループ名であり、この『こうげ帖』制作のやりとりもその中で行われました。
私たちは、『ワーキングステイ』という上毛町役場と福岡R不動産が行った企画にそれぞれの形で関わったこと以外、共通点はありません。住んでいる場所も、東京、京都、福岡とばらばらです。けれど、何故か福岡最東端の誰も知らない町で出会い、同じ時間を過ごしました。
この小説は、『ワーキングステイ』にさまざまな形で関係した人々に取材をし、それぞれの経験や思いを参考にし作成しました。
小説を書くにあたり、改めて参加していたメンバーの経験を取材して強く感じたのは、「二者択一だけが人生ではない」ということでした。
ド田舎の故郷に戻ったら、面白い仕事はできない。出世をするなら、家庭を犠牲にしなければならない。大人になるには、ちゃんとした企業に就職しなければいけない。子どもを産んだら、好きな仕事はできない。
そんな風に世の中は言うし、それが現実なんだろう。
私も、今まで心のどこかでそう思い込んでいました。
けれど、本当は、違うんです。
好きな仕事をして、好きな場所で、好きな人と暮らす。
それは見果てぬ夢でしょうか?
上毛町に行く前の私なら、「全部なんて叶うはずないよ」と言ったでしょう。
けれど、今の私は「全部、叶うよ」と断言できます。
何故なら、上毛町にいる間、私たちはその全てを叶えていたからです。
上毛町は、誰も知らない、駅もなければスーパーもない田舎町です。
けれど、この町には、目を輝かせて理想の暮らしを追いかけている人々がいました。
幸福の反対は、不幸ではなく退屈です。不安も虚しさも心が退屈し、鬱屈していくから生まれてくるもの。
退屈などしている暇がないほど、夢を追いかける暮らし。
目の前に映る景色に感嘆し、日々の出来事にときめく暮らし。
私たちは、上毛町で、そんな日々を過ごしました。
理想の暮らしは見果てぬ夢ではない。
上毛町で確信したそのことが、まだ見ぬ誰かに伝わることを願っています。

2013年 3月
鹿児島県加計呂麻島にて
三谷晶子

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