ゴミを作る男。レタスも作る

あぁ、うざってぇ、それって全部お前らの都合だろ? 俺には何も関係ねぇ。
そう言って、デスクのあちこちに積み上がっている紙の束であいつらの顔を引っぱたいてやったら、どんなにすっきりするだろう。
真夜中、また急遽入った修正に対応するためにマウスを動かしながら、ずっとそんなことを考えている。
それが、唯一の夢みたいに。
ひたすらに、願いなのか呪いなのかもわからずに。
俺の職業は、デザイナーだ。
デザイナー、というと何も知らない人間は好き勝手に自分のやりたいことをやり、それでお金がもらえる職種だと思っている。しかし、実際、そんな風に出来るのはほんのひと握り。広告主や発注先の気分や都合でいちいち翻弄される、まるで嵐の海の中の一枚の木の葉のような頼りない存在だ。
今日も夜中の十一時に突然、修正の依頼がきた。金曜日の夜だ。
「じゃあ、週明けまでに。会社の電話は土日は通じませんので、よろしくお願いします」
俺たちには土日はないのかよ。そんなことを言う暇すら与えずに、相手は電話を乱暴に切る。
受話器を壁に投げたくなる気持ちを、必死で抑えた。 illustration1 ていうか、俺じゃなくてもいいんだろ? 思い通りになるやつなら誰でもいいんだろ?
クライアントの首根っこを掴んで、そう聞いてやりたかった。
札束で顔を引っぱたかれているような毎日だ。だから、俺だって誰かを引っぱたいてもいいだろ?
何もかもに復讐するような気持ちで、毎日を過ごしていた。
目の前に、好きなもの、大切なもの、いいと思えるものが何一つなかった。
許せないものばかりが積み重なり、いつの間にか身動きがとれなくなった。
がんじがらめになっているのは周りのせいなのか、自分のせいなのか。
何もかもが許せないのは、周りのせいなのか、自分のせいなのか。
少なくとも、自分ががんじがらめになっていることは確かだった。
「俺、もう全部リセットしたいんで、会社辞めてもいいですか?」
社長に告げたら、形ばかり引き止められて、けれど案外すんなり辞められた。
会社を辞めたら特に東京にいる意味はなくなった。
二ヶ月間、旅に出たいと話したら、妻は笑って頷き、「行ってきなよ!」と送り出してくれた。
旅をしながら、今後のことをゆっくり考える。どこか、のんびり暮らせる場所に住もうと思った。
そんな時に、この町の募集記事を見つけた。
『ワーキングステイ』という聞きなれない言葉に、少し戸惑う。けれど、同時に、行くことになる予感がした。
田舎ならどこでものんびり暮らせるわけではない。新しい住人を受け入れない場所もあるし、その町の目指しているものが自分の理想とそぐわないところもあるだろう。
だから、この企画で町を見てみよう。
どんな町なのかを見てみよう。
久しぶりに、何かにわくわくしたような気がした。
滞在する家は、インターネット環境どころか、携帯電話すら通じない山間にあった。これじゃあ、とても大容量の画像のやりとりなどできない。仕方なく、この町のブランド化を推進している事業の事務所を借りた。
朝。妻が洗濯をしている間、子どもを連れて近所を散歩する。落ちている栗を拾い、もみじやイチョウの葉を踏みしめて歩く。時には山を登り、山中に秘密めいたトンネルや、茶畑を発見する。
それから、車で山の麓にある事務所に向かう。妻も息子も一緒だ。二人は町にある温泉施設や青空市場で時間を過ごし、夕方、一緒に家に戻る。
家に戻ると、軒下には整然と洗濯物が干されている。妻は近隣の人々から貰ったいちじくを乾燥させ、手のひらよりも大きな椎茸を七輪で焼く。炭火で照らされた妻の頬は柔らかに赤く、初めての七輪に目を輝かせる子どもは、「これ、なに?」と何度も聞いてくる。
その町で住んだ家の目の前には、棚田が広がっていた。田んぼのあぜ道で、仕事の資料を読んだ。
目の前には色とりどりの紅葉で埋め尽くされた秋の山、風に揺れる稲穂。 illustration2 あの頃と同じく、俺はデザイナーだ。 けれど、あの頃と今の心持ちは全く違う。
田んぼの脇の空いている畑に、種を蒔いていいよ、と家のオーナーが言った。何が生えてくるのかわからずに、種を蒔き、水をやった。
二週間もすると芽が出て葉を広げ、その種がレタスだったと知った。
畑に生えているレタスを、そっと手でちぎる。そのまま、口に運んでみる。少し苦くて、冷蔵庫に入っていたわけじゃないからもちろん生ぬるい。
ずっと、ゴミみたいなものを作っているような気がしていた。誰かに無理やりものを買わせるため、いらないものを買わせようと仕向けるためのデザインばかりを作っていると。
だけど、俺は、レタスだって作れる。
そして、こんな風にずっと暮らすこともできる。
気がついたら、小さく笑っていた。レタスを飲み込み、大きく息を吸う。
何かを作ろう。何だっていいんだ。そこで、わくわくできるなら。
目の前には山から続く棚田を見下ろし時に海まで見える広い視界。
「こうじゃなきゃ」なんて何一つ思わなくていい。
小さな思い込みが、山から吹き降ろす風ですっと消えた。

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