ブーブー言うに決まっている女。やかんの音に耳を澄ます

友達と青山で飲んでいる時、メールが来たついでに見たTwitterで、こんな募集が流れていた。
『福岡最東端の町で、町のために情報発信やクリエイターとしてのスキルを提供し、自分の仕事をしながら一ヶ月間、働きながら住むワーキングステイをしてみませんか?』
東京で一緒に仕事をしているメンバーが話題にしていた記事に、私はノリで「えー、行きたい!」とレスをして、そうしたら、本当に行くことになった。
「田舎でクリエィティブとかヤバいんですけど!」
行くことが決まったあとに友達に話したら笑われた。
「でも、あんた東京生まれじゃん。何もなくてつまんないなんてブーブー言うに決まってる」
そんな風に予言のように言われる。
そりゃあ、私はいろんな所に行ってきたし、いろんな面白い場所も知ってる。世界各国を旅してるし、たまにモデルもやってるし、単なる田舎町に刺激を感じるなんて、まぁ、ないでしょ。でも、有名なブロガーも話題にしてる企画だし、参加したらステイタス?
勢いと成り行き、少しの打算。そして、「短い期間だしつまらなかったら適当に帰ればいいや」なんて気持ちで、私はこの町に来た。 illustration1 一緒に来たのは東京で一緒に仕事をしている同じウェブマガジンの制作メンバー。メールでのやりとりは頻繁にするけれど、会う機会はあまりなく、ましてやゆっくりちゃんと話したこともない。
しばらく東京にいないから遊んでおこう、なんて無理をして、風邪をひいたまま町にやって来た。
すると、
「あのさ、役場の企画で呼ばれたっていうのに、無責任だと思わないの?」
一緒に仕事をしているメンバーが口うるさい母親のように言った。
なんか共同生活って面倒だし、体調が悪い中でこんな田舎町に来てあげたのにいきなり怒られるし、ちょっと失敗したかもしれないな。
そんな風に思ったけれど、短い期間だからと自分をいなして、四人で共同生活をしながら、この町のタウンマップの作成や、ウェブ上での情報発信をすることになった。
滞在する家は築百年は経過しているという旧家で、茶室と土間と岩風呂があった。目の前に広がる棚田と山々のどこまでも静けさが広がるような場所だ。
川のせせらぎと、小鳥のさえずりを聞きながら、日差しが差し込む縁側で、歯を磨いた。
今まで、世界各国のさまざまな場所に行ってきた。
レーザーとネオンで輝くクラブが立ち並ぶ外国のストリート。世界遺産がある砂漠の国。いつスリに合うかわからない海外のマーケット。怒鳴り合うように異国の言葉が飛び交うアジアの屋台村。
めまぐるしく移り変わる景色にいつも心を奪われて、次へ、もっと別の国へと行ってみたくなった。
けれど、初めてこの町で、ただ歯を磨くことが楽しいと思った。 illustration2 静かな山の麓に広がる棚田、朝の日差しに柿やいちじくが干される縁側。共同生活をしているメンバーは風邪を引いた私を置いて、出かけていった。
初めて見る灯油ストーブの上には、「乾燥してると風邪によくないから」とメンバーの一人が乗せたやかんがある。お湯が沸くと湯気が漏れ出て、しゅんしゅんと音がした。
私は、その音に耳を澄ます。
レーザー飛び交うクラブに爆音で流れるハウスミュージック。シャンペングラスと乾杯の声が行き交う都会の真夜中。
私がいつもいる場所では、あり余る程に音が溢れている。
けれど、ここで聞こえるのは、小鳥のさえずりと川のせせらぎ、そして、ストーブの上のやかんの音だけだ。
テーブルには「消化のいいもの食べて早く寝なよ」と書いてある置き手紙とリゾットが置いてあった。
あんな風に怒っていたのに、まるで、本当にママみたい。
そう思って、少し笑う。
置き手紙に、「ありがとうございます。優しさが染みました」と返事を書いて布団に潜った。明日にはきっと、風邪も良くなる。
「何もなくてつまんないなんてブーブー言うに決まってる」
元気になったら、東京の友達に、「残念ながら違ったよ」とメールをしよう。
何もないなんて、そんなことないよ。
音楽は、ここにもある。
イビサまで行っても聞けない最高のアンビエントミュージック、それに、シャンペンはないけど、井戸水をストーブで沸かした白湯があるよ。

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