騙して人を集めた女。夢を待つ

過疎化や高齢化なんて、日本の田舎ならどこも悩んでいて、結局、人口の奪い合いにしかならない。
移住者を呼びたいのはどの田舎町でも同じ。お試しで居住する企画をやっている町も珍しくはない。結局、一時的な解決にしかならない。社会に大きな変化を持たせることはできない。
自分で立てた企画で人を集めておいて、こんな風に思っているなんて呼んだ相手を半分騙しているようなものだ。
我ながら、そう思う。思うけれども、やるしかなかった。
仕方がない、それが仕事だ。引き受けた以上は成功する可能性が低くてもやるほかない。それが、例え私ではない誰かができるような仕事だとしても。
「この町の魅力を他の土地の人にわかってもらうために何かしたいんです」
私が働く不動産会社にいきなり話を持ち込んできたのは、真っ直ぐな目をして妙に押しが強く、根拠などどこにもないのに何故か迷いがない顔をした役場の人間だった。
「町の魅力って例えば?」
「人が、熱くて面白いところです」
そんな抽象的な話じゃ何もわからないし、人が呼べる企画になるはずもないだろう。
どうすればいいのかまるで掴めず、とりあえず町を知るために、私はその町に宿泊した。 illustration1 はっきり言って、私には町の魅力が理解できなかった。
確かに、自然は美しい。ご飯も美味しい。人も温かい。けれど、それは日本のどこの田舎だって同じだ。じゃあ、それ以上の何が他にあるっていうの?
いくら考えても答えは出ない。町の魅力がわからなきゃ、町に人を呼ぶ企画なんて立てられない。
だったら、いっそのこと、全く違う視点を持つ誰かに、この町の魅力を見つけてもらおう。
そんな風に、半ば丸投げな気持ちで、私は募集記事を出した。
『福岡最東端の町で、町のために情報発信やクリエイターとしてのスキルを提供し、自分の仕事をしながら一ヶ月間、働きながら住むワーキングステイをしてみませんか?』
田舎町に住むには、仕事があるかどうかがネックになる。しかし、限界集落では、既に町の住人にすら仕事が行き渡らない状況だ。ならば、どこにいても仕事ができるIT、クリエイター系に限定して人を探そう。そういった人なら、きっと、自分たちにはわからない町の魅力を教えてくれるはず。
それは全て、仮説に過ぎなかった。
そんな風に、現実がうまくいくわけがない。
自分で仮説を立てておきながらも、そう思っていた。
実際にワーキングステイ体験者として採用したのは三組。福岡に住むデザイナーとコーディネイターで幼い子どもがいる夫婦、京都に住むIT系の単身男性、東京に住む女性のみのウェブマガジンの編集チーム四人が十月、この町にやって来た。
その誰もが、この町を、呼んだ私たちが驚くほどに楽しんでいた。
「この町にはすごくたくさんの魅力があるのに、わからないの?」
「こんなにいい所なのに」
誰もが、口々にそう言った。
そして、毎日のようにブログ、TwitterやFacebookを更新し、集落の人々と触れ合っていた。役場の担当者から、この町のブランド化を進める推進員、大学生レポーターや、同じワーキングステイに参加するメンバー同士まで交流が生まれ、この町のことを考え語りあった。
どうして、この人たちはここまでしてくれるんだろう?
私は、博多の会社で、彼らが発信する情報を眺め、日々そう思っていた。
だって、この町が面白いからだよ。
彼らの発信する情報から、そのように感じ取れたけれど、それが本当だとは、心の底からは信じきれなかった。
ワーキングステイをしたメンバーに、滞在が終わる時にインタビューをした。
東京から来たウェブマガジンの編集チームの一人が、滞在先の家でお茶と熟した柿を出してくれる。
「暮らしは不便じゃなかったですか?」
問いかけると、彼女は微笑み言った。
「不便さにはすぐに慣れましたよ。毎日、皆のご飯を用意するのは大変だったけど、助けてくれる人もいるし」
そして、少し考え込んでから、続けた。
「夢は叶えた瞬間から現実になるというのは、否定的な意味で使われますよね。だけど、ここで暮らしてみて、夢みたいに生きることは可能だと思いました」 illustration2 彼女の言葉を聞いてはっと目がさめた。
信じていいんだ。夢みたいに生きることを。
目指していいんだ。本当に自分がやりたいことを。
妥協して諦めて生きていくのが現実的だ。
胸の中でそう自分に言い聞かせて、夢見ることを押し殺していた。
だけど、本当は、「夢を現実にできる」と、私はずっと信じていた。
現実って、つまらないもの? そう決めているのは誰?
そんなの、知らないよ。
私は、今、迷いなく言える。
夢見る気持ちを持つことを、取り戻させてくれた場所がある。
夢見る気持ちとあの町には、きっと、いつだって戻っていける。

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