誰かに会いたかった男。去年のマフラーを探す

時々、パソコンの横に積み上がってる弁当の空き箱をそのまま食べたって、今の僕は気付かないんじゃないかと思う。
目の前には輝く白い画面。見えないブルーライトがいつしか目を悪くしていくように、侵食されていくのは体か心か頭か、もしくはその全てか。
僕の仕事は、コーダー。コーダーとはウェブサイトの最適化を行う他、簡単なシステムを組んだりもして、平たく言えばサイトの制作をし、構築する職業だ。
もちろん、この仕事が嫌なわけじゃない。興味があったから専門学校に通ったし、最先端の技術を知りたくて東京に出てきて、就職先を探した。
けれど、こんなにも一人で仕事をしなきゃいけなくなるなんて、想像すらしていなかった。
会社にいた頃は、まだ誰かと話す機会もあった。ところが、一人でフリーランスとして働き始めると、仕事が詰まれば一ヶ月以上誰とも会う機会すらなくなった。出歩くといえば最低限の食料を買うために、最寄りのコンビニに行くだけ。
同じ姿勢で凝り固まったような体を無理やり引きずり、コンビニまで向かう。
アスファルトだけを見つめていた。次の曲がり角まで歩けるかどうかすら不安で、ぼんやり光る自販機の灯りを目印のようにして歩いた。
だけど、これから辿り着く場所がどこなのかわからないままだった。
自分が、今、何をしているのかもわからないのだから当然だ。 illustration1 そんなことをしているうちに、季節が過ぎ去っていた。
衣替えをした洋服を、一度もクローゼットから出さないまま。
僕は、一人で何をやっているんだろう。一体、何のために。
知らぬ間に移り変わった町の風景を眺めながら、思った。
東京に住むのをやめて、京都に拠点を移した。どうせ部屋にこもりきりで、仕事をする生活ならば、好きな場所で暮らしたかった。
無性に、誰かに会いたかった。一人ではなく誰かと何かを一緒にやりたかった。今まで、時間の全てを仕事に捧げてきた。振り返れば、旅行すらしたことがない。
だから、旅に出た。
都会にいるから、孤独なんだろうか。心のどこかでそう思っていた。しかし、各地を巡り、いわゆる田舎に行ってみてそれは違う、と知った。
過疎化に悩む町ですら、新しく来た人を労働力として受け入れてはくれても、本当に移住者の居場所を作ってくれるわけではない。そこには、埋められない距離がある。パソコンの前でいくら人とメールを交わしても体温まで感じることが出来ないのと同じように。
そんな時に、この町の『ワーキングステイ』という募集記事を見た。
どこにいてもインターネット環境さえあれば働けるIT系、クリエイター系の職種に限定した募集。過疎化と高齢化に悩む町で自分の仕事もしつつ、町に対する企画や提言も考えながら一ヶ月暮らす。
どこでなら、誰かと真に関わることができるんだろう。
誰となら、パソコンの前にいるだけではわからない熱を感じることができるだろう。
すぐさまに応募して、日にちが決まり次第、町に向かった。
僕は他所者だ、それは当たり前だ。だから、とりあえず飛び込もう。
そう決めたら、町も、町の人々もぐんと近くに見えた。
町には、夏に移住してきた地域のブランド化を進める眼鏡をかけた推進員と、博多と二拠点居住をするウェブディレクター、一ヶ月間、この町に住んでレポートを提出する女子大生がいた。
そして、僕と同じ企画でこの町に滞在する、幼い子ども連れのデザイナーとコーディネイターの夫婦と、東京の女性のみで四人で来たウェブマガジンの編集チームもいる。
毎日のように一緒に働き、食事をし、この町の名物の神楽を見た。鹿やにわとりをさばくところを見学し、一緒に野菜や柿を収穫した。この町に対する企画やイメージを真剣に語り合い、お互いの家がまるでもう一つの我が家のように感じられるほど、行き来をしていた。 illustration2 一ヶ月が、矢のように過ぎた。短い、と思った。もっと、やりたいことがあった。もっと、やれると思った。
この町と、この町で出会った人々と。
季節が、彩りを増していく。僕は、その景色を日々見つめる。
そろそろ、風が冷たくなったな。去年買ったマフラーはどこにしまったっけ。
そんなことを考えながら、トランクを漁る。荷物にまぎれて、マフラーはなかなか見つからない。
「それ、荷解きじゃなくて、荷散らかりって言ったほうが近いでしょ」
同じワーキングステイで来たウェブマガジンの編集チームの一人が言う。「確かに。服がいっぱいあるのにぐちゃぐちゃでもったいない」
他のメンバーも呆れた顔で同意する。
「普段はきれいにしてるんだよ」
そんなことを言い返しながら、洋服に袖を通す。
季節が、彩りを変える。その横に、一緒に何かをやりたいと思える相手がいる。
わかり合える誰かと、今を分かち合う。
それは、何のためでもない。
冬になったらコートを出し、春になったら薄手のジャケットを羽織る。夏には気に入っているTシャツを着て、秋には柔らかなカーディガンを着る。
そんな風に、
移り変わる季節を見つけて喜ぶこと、ブルーライトじゃなくて、
眩しい日差しに目を瞬かせるようなことなんだ。

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